2011年2月25日金曜日

私がINSEADに来たかった理由

自己紹介のところでも書いている通り、私は千葉出身千葉育ちの、グローバルな観点から見れば相当な田舎者です。そんな田舎者が何故INSEADだったんでしょう?

それは、「INSEADの価値観に共鳴した」ということに他なりませんでした。

たまたま高校の時に、何人かの素敵な外国人の方と知り合う機会がありました。彼らは、母国語、英語、日本語と最低3カ国語を話すことができました。私なんか英語だけでも精一杯だったのに、彼らは、英語も、日本語も、なんです。

また、「将来何をする?」というような会話になると、「自分の国に戻ってビジネスをする」「今度は今までに行ったことのない別の国に行って働きたい」といったようなことを言っていました。「え!? 英語ができるんだったらアメリカに行くんじゃないの?」田舎者の私にとっては、「インターナショナル=アメリカ」でしたから、とにかく彼らとの接触を通じて何もかもが新鮮だったんです。

そこから、私の世界観ががらりと変わりました。インターナショナルな人間になるためには、英語だけでなくもう一つの言語を勉強しなければ、と思ったし、将来は、「日本人」としてインターナショナルな仕事に就きたい、と思うようになったのです。

大学在籍時に市場調査会社へ就職先が決まりましたが、第一希望の企業ではなかったので、3年働いたら転職し、さらに3年働いたら海外のMBAに行き、ステップアップを目指そうと決めていました。市場調査会社では、日本企業の海外展開のためのマーケティングをしていましたが、もっと戦略等の面で踏み込んだ提案ができるような仕事に就きたかったのです。

そんな時に知ったのがINSEADだったのです。これまでMBAというとビジネスの知識を詰め込むところ、という風に考えていたので、「インターナショナルになるには最低でも3カ国語」と、これまで私があたためてきた価値観と同じ価値観を持つビジネススクールが存在するんだ!!と多いに感動しました。こんな環境の中でビジネスが勉強できれば、夢に一歩近づけるのではないか、と考えたんです。

それから、「MBA=INSEAD」と同義語になり、ひたすらINSEADへの入学を夢見てきた訳です。

実は、出願のエッセイでも大体これと同じようなストーリーでそのまま書きました。私は社費派遣なので、勤め先の海外展開に関わるもっと具体的な話には落とし込みましたが。また、エッセイカウンセラーのアドバイスに従って、「INSEADに入ったらこんな授業をとりたい」といった、いわゆるMBAエッセイの文法も守りました。

INSEADのインターナショナルに関するポリシーは古くからあるもので、それは今になっても揺るぎません。また、本当に多様な人種が集まる学校なので、インターナショナルのあり方も、もともとハーフだったり、帰国子女だったり、海外勤務の経験がある、といった具合で非常に多様です。

これからINSEADに出願される方の中には、いわゆる海外経験のない方もいらっしゃるかもしれません。ただし、ないならないなりに売り方もあるような気がするのです。私は、「自国内でのプチインターナショナル経験」&「田舎者ならではのインターナショナルに対するあこがれ」でいわゆる典型的なINSEADプロファイルではないところを逆に売りにしました。そうした「田舎者」な面も受け入れてくれる、それがINSEADの多様性を形成するものなのではないかと思うのです。

フランスでの出産

娘が生まれてから3週間。
少しずつですが、子育てのリズムがつかめてきました。

幸いなことに、うちの子は夜よく眠ってくれるので、本当に助かっています!


さて、私は出産をフランスで迎えましたが、特にフランスって日本と違うんだ!と思ったことをご紹介したいと思います。

まず、「痛みを取り除く」ことに命をかけているところには相当な感銘を受けました。まず、無痛分娩はデフォルト。よく「鼻からスイカ」なんて聞いていましたが、無痛だと本当に痛くないので、出産すること自体を苦痛とは思えないのです。また、産後は、筋肉がリラックスするため母乳の出が良くなる、という理由で痛み止めをがんがん与えられます。「痛い?」と聞かれて「少し」と答えるだけで、3日分くらいの痛み止めは簡単にもらうことができます。

また、「らくちんなやり方を追求する」というのも相当気に入りました。例えば、

  • 授乳は疲れるから寝っころがってやるべし、
  • 沐浴は2日に一回でいい、
  • 搾乳機は電動で両方いっぺんにとれるものを使うべし、
  • 夜中赤ちゃんが泣き止まなければとっととおしゃぶりをなめさせるべし、

等々、教えてもらえる手抜き手法をあげるときりがない感じがします。

あとは、「子育ての不安があるならばプロによるアドバイスを受けさせちゃおう」というのも。退院の時に、家庭訪問をしてくれる助産婦さんを病院から紹介してもらえます。この助産婦さんは、帰宅後のお母さん&赤ちゃんの経過を見にきてくれるだけでなく、子育てのこつもしっかりと教えてくれます。ちなみにこれは、社会保険に入っていれさえすれば、費用を国に負担してもらえます。

こういうのって、日本も真似すればいいのにってすごく思います。特に、フルタイムで働く女性が増えてる中、出産や子育ての苦痛や不安、費用負担が少しでも軽減できれば、多少は少子化対策にもなりそうなものなのに、と思うのです。

2011年2月13日日曜日

英語の苦悩

突然ですが、私は帰国子女でもなんでもなく、千葉生まれの千葉育ち。父は建設関連の会社を地元で運営。母は同社の経理。筋金入りのドメスティックです。

しかも英語といったら、中学生の時は最大の苦手科目っていうくらい、本当によくわからない世界のものでした。

正直言って、最初の4ヶ月間、INSEADでの英語の環境は本当につらかった。

まず、INSEADでは教員も世界各国からくるため、それぞれに独特のなまりがあり、非常に聞き取りが難しかったりします。そして、最もきついのがクラスメートの英語のなまり。これは教員とは非にならないくらいなまりが多様で、ドメスティックの私にとっては、クラスメートの発言をひろって議論に参加する、というのが本当に困難極まりなかったのです。

特につらかったのが、グループメートとのコミュニケーション。オーストラリア人、ナイジェリア人、フランス人、ウルグアイ人と一緒でしたが、それぞれ何を言っているのかが本当にわからなくて、何度も、「そこよくわからないからもう一度説明してくれないか」といったお願いをしてみんなに迷惑かけていました。

ふと、ある疑問が思い浮かびました。こんなに多様ななまりで、他の人たちはお互い理解し合っているのか、と。

実は、そんなに深くは理解し合ってないみたいなんです。というより、何となくふわっとした感じで曖昧に理解しているようなんです。いわゆるアクセルの「遊び」の部分を多めにとっているような感じで、「これくらいの範囲だったら多少かみあわなくてもKYにはならないだろう」と、いい意味で適当に振る舞っていることが判明したのです。

INSEADの人たちは、3カ国語以上話せるなんてそんなに珍しいことではなく、しかも大部分の人たちが海外生活を経験しています。つまり、異文化交流のエキスパート。文化も言語も異なる人たちとの交流はこんなもんなんだ、という風に割り切っているんでしょう。

まあとにかくそれを知り、幾分か気持ちが楽になりました。

そして、今の私に何ができるだろうか、ということを冷静に考えることができるようになりました。

まず、これだけ授業が激しく忙しい中で、英語自体の訓練をする時間枠をとる余裕はなかったので、授業の復習をとにかくしっかりとやり、次の授業でおいていかれないように努力しました。不思議なもので、内容がわかるという安心感があると、毎回の授業において気持ちがしっかりと入り、集中して参加できるようになってきました。

また、グループワークとしての課題が出た際は、他のグループメートの担当のタスクであっても事前にレビューをして、わからない単語・内容を少しでもつぶしていくことにしました。それで、随分グループメートとの会話に食いついていくことができるようになりました。

あとは、友達との食事とかパーティへは、できる限り参加するようにしました。瑣末かもしれませんが、「誰が誰のことを好き」といったゴシップ系のことも含み、友達のキャラがわかるようになると、いい感じでツッコミが入れられるようになったりして、相手の英語の一語一句が全て理解できなくても、「いい加減に」会話ができるようになってきました。

これで私の英語力も随分改善されてきましたが、くすぶる感じは完全には消えませんでした。これがどうにも我慢できなくて、P2とP3の休み中には、これまた瑣末かもしれませんが、旅行等の合間をぬって、私の大好きなアメリカのドラマ「Sex and the City」を英語の字幕付きで見まくりました。これは割と効果が大きく、これまでどうしてもわからなかったナイジェリアやインド等のなまりが、すーっと耳に入ってくるようになったんです。字幕と一緒に聞くというのは、頭の中に記憶が定着しやすくなるみたいで、自分が言いたいことも詳細な表現で「言い当てる」ことができるようになってきています。

総括すると、私の英語力は、まだまだ及第点に達しているとは言えませんが、それでも入学以降、随分上達したと思います。引き続き、いい加減に、がんばりすぎず、しかし、ある程度の努力はおこたらず、といった感じでやっていけたらと思っています!

2011年2月12日土曜日

MARKSTRAT - Winner!

「Market Driving Strategies」では、ケーススタディを用いて戦略のいろはを学ぶだけではありません。マーケティングのシミュレーションゲームにより、これまでの知見だったり授業で得たことだったり等を応用していくパートもあります。

このシミュレーションゲーム、Markstratと呼ばれる、世界で最も有名なマーケティングシミュレーションゲームのひとつです。世界中の各ビジネススクールだけでなく、GM等の大企業でも使われています。

我が校INSEADのJean-Claude Larréché教授、Hubert Gatignon教授により考案されたものだそうで、「現実世界の環境でマーケティングの学びが得られるように」という強い思いが込められた、「action-based learning」のツールです。

さて、「Market Driving Strategies」では、クラスメート20人の中で4人ずつ5つのチームにわかれ、SONITEという架空の製品を市場に投入し、チーム間で戦っていきます。SONITEとは、どうやらコンピュータのような製品のようで、「重さ」とか「デザイン」とかの製品スペックを各チームが考えていきます。

つい昨日、(お産の直後だったので私は授業は出れなかったのですが)私のチームがダントツの一位でゴールインしたという、うれしいニュースがチームメートから届けられました!


しかしこのゲーム、本当によくできているゲームだと思います。

限りある予算の範囲で、製品スペックを最適なものにするためのR&D、認知レベルや購買意欲を高めるための宣伝費、チャネルを確保するための営業人員の配置等について、予算を配分していかなければなりません。また、機会損失/過剰在庫を防ぐための最適な生産量を決めていかなければなりません。

そのためには、市場成長予測などのマーケティング調査の結果やこれまでの自社のパフォーマンスデータ等をもとに、どの顧客セグメントをターゲットにするかという基本的な方向性を決めていく必要があります。

みんな頭の中ではわかったつもりになっていても、各種あふれんばかりのデータ、限りある予算、チーム員の固定観念があいまって、各チーム内の心理状況がおかしくなります。私のチームも一瞬そんな感じになりました。

しかし、たまたま4人中3人がコンサルタントだった(うち一人がものすごいゲーマー)こともあり、わりと早く正気に戻ることができました。そして、「来期に結果がすぐ出るアクション」「来来期以降結果が期待できるアクション」の2つにアクションを分け、打ち手を考えることにしました。

また基本戦略としては:

  • スタート時に、既存製品のシェアがもともと30%を上回っていたことと、
  • その製品を支持している顧客セグメントの市場規模(数)がそれなりにあったこと、
  • 彼らの「金払い」が良かったこと

を考慮し、その製品の徹底改良、および、宣伝、営業人員の配置に最も予算をつかい、BCGフレームワークでいうところの「Cash Cow」へと育て上げることにしました。また、引き続き当製品への投資を惜しまないだけでなく、他の新たな製品へのR&Dを行うといった「攻撃は最大の守りなり」を行うこととしました。

最初は、まだゲームのルールが完全に把握できてなかったので、これくらいの方向性しか立てていなかったですが、それでよかったみたいです。各社のパフォーマンスにより、市場規模だったり、顧客のニーズが「変化する」ようにプログラムされているためです。

当初のR&Dによりあらゆる製品が出来上がっていったのですが、マーケティング調査の結果や自社のパフォーマンスデータ等の詳細を分析して、これから優良顧客セグメントとなりそうなところを見いだしていき、基本は、ひとつの顧客セグメントに対し、ひとつの製品を投入したのです。また、そこへの宣伝、営業人員の配置を徹底して行いました。見込みのなさそうな製品については、「せっかくR&Dで投資したんだから」とい思いを断ち切り、投入をやめることにしました。

この「集中と選択」がどうやら良かったようで、瞬く間にトップの座を勝ち得ることができました。あとはひたすら攻撃をしつつ逃げ切り、という感じです!

他のチームが陥ってしまった罠は、予算の制限から、ひとつの製品で複数のセグメントを狙ったあげく、結局「二兎追う者は一兎も得ず」になったことだと思います。たとえば、広告宣伝費の内訳を見ると、一つの製品で5つのセグメントに対してアピールをするような設定になっているチームがありました。これでは、何をアピールしてもアピールポイントが曖昧になって顧客には届かなかったようです。

出産後届けられたこのうれしいニュース、がんばってやったかいがあったと胸を撫で下ろしています。ちなみに我々のチーム名は「Baby Boomers」。他の2人のチームメンバーもつい最近お子様が誕生したからです。そんなことも相まって、非常に団結したチームでした。意見の不一致等があっても、結局はどちらかが折れ、笑って流す、という雰囲気が出来上がっていったのです。近い将来、必ずこのチームが恋しくなるような気がします。。。

2011年2月11日金曜日

1週間もフライイング

予定よりも1週間はやく、我が娘が誕生いたしました!

2月3日。
午前中に授業を受け、そのまま町中の産科クリニックへ定期検診に行ったところ・・・

「これは今すぐ病院に行って下さい。おそらくそのまま出産体制に入ると思います」と。(フォンテーヌブローでは、出産はクリニックではなく全て病院で行われます)確かに授業中、じんわりと痛みが来ていましたが、まさかこんなに早くこの日が来てしまうとは!!

ドキドキしながら夫とともに病院へ向かうと、やはり強制入院となり・・・。

2月4日。
入院から実に22時間後。長かった。
愛娘の誕生です!

生まれてくれてありがとう。


2011年2月2日水曜日

黒いトイレットペーパー!? その2

さて、先日紹介した、我が校人気の「Market Driving Strategies」ですが、「こういう場合には、こういう効果/結果になるから、こんな風な一手を打つ」といった、非常に戦略的なアプローチを学ぶことができる授業です。

黒いトイレットペーパー!?のRenova社の話の続きですが、私たちINSEADの生徒に出された選択肢としては、黒いトイレットペーパーを出すというオプションの他に、
  1. 価格を下げる
  2. プライベートブランドのOEMを担う
という選択肢もありました。私たちは、その中から当時のRenova社にとって最適な戦略を選ばなければなりません。さて、どうしましょうか?

まず、「1.価格を下げる」ですが、

  • 競合であるプライベートブランドが益々力をつけていて、
  • しかも日用品のため、消費者が最も重視するのは「価格」。
  • 通常は、消費者に対して付加価値を伝えきるのは難しい。

ということを聞くと、じゃあ価格で勝負しているプライベートブランドに対抗という意味で特に不自然ではないと思いませんか? しかし、(あくまでもざっくりとですが)2つのデメリットを思い浮かべることができるようです。

まずは、儲けがどれだけへるからどの程度の追加の数を売らなければならないか、という算数を解かなければなりません。例えばの話、6ロール入りパックの希望小売価格を400円から1割引にして360円に下げるとします。

値引き前値引き後
小売価格
400円
360円
小売側の取り分
80円
80円
卸価格
320円
280円
原材料/人件費等のコスト
240円
240円
我々のもうけ
80円
40円

小売側の取り分が仮に値引き前の価格の2割である80円だとすると、値引きをしたからといって取り分まで下げてくれる親切な小売りはいないことが多いでしょう。また、原材料/人件費等のコストも仮に値引き前の価格の6割である240円とすると、そう簡単には変わりません。そうすると我々のもうけは、以前の80円から40円へと半分に減ってしまうのです。たった1割の値引きで、倍の数量を売らないと以前と同じもうけが得られなくなると言う訳です。

もう一つのデメリットは、流通コストをカットできるため強大な価格競争力を持つプライベートブランドとの価格戦争に陥ってしまうと、まあ負けてしまうだろうという筋書きが見えますね。また、商品棚をコントロールしているのもプライベートブランドを持つ小売側ですから、明らかに不利な立ち位置となりそうですね。

また、「2.プライベートブランドのOEMを担う」については、プライベートブランドに対して価格コントロールができるという点では戦略的に優位に立てるケースが多いようですので、これはメリットかもしれません。しかし、「健康、安心を提供する会社」Renova社にとっては、「安かろう悪かろう」のイメージの強いプライベートブランドのOEMをしているということが消費者に万が一知られてしまうと、これまで築き上げてきた差別化の努力がムダになってしまう可能性もあります。やり方によって効果は異なるかもしれませんが、Renova社の目指す方向性とはずれているように思われます。

という訳で、こんな形で検討していくと、これら2つの選択肢は違うかも、という結論にたどり着くと思います。だからといって突拍子もなく黒いトイレットペーパーという打ち手が最適という結論には一足飛びにはいかないと思いますが・・・。

Renova社は黒いトイレットペーパーを投入することで、トイレットペーパーメーカーとしての新たなポジショニングを確立しました。このあたりは、「マーケットをドライブする」という意味では右脳的志向も必要になるのだと思います。

ちなみに、Renova社は、2008年に我が国でも、表参道ヒルズにてキャンペーンを行ったことがあるようです。

2011年2月1日火曜日

生まれるサイン

出産予定の(ほぼ)10日前となりました。

のですが・・・。
ついおととい「おしるし」が確認されました。念のため、フォンテーヌブローのドクターのところに行ったら、「これはおしるしです」と断言。これがくると、体が出産体制に入ったことを意味するそうなんです。ただ、出産は翌日かもしれないし、数週間後かもしれないので具体的にいつやってくるかはわからない。

パパが明日の朝フランスに到着するので、あとちょっとだけ待っていてほしいなぁと思うのですが・・・。

いよいよ我が子も、外の世界にでる準備を進めているんだなぁという意味では本当にうれしいです!

黒いトイレットペーパー!?

INSEADのマーケティングの人気授業で、Market Driving Strategiesというのをとっています。これは、顧客のニーズをマーケティングに取り込むだけではなく、授業のタイトル通り、マーケットをドライブしていくことの重要性を考えさせられる授業です。

さて、「黒いトイレットペーパー」と聞くと、なんともあり得ないようなアイデアですが、これは、ポルトガルの中堅ファミリー企業のRenova社が数年前、市場に出すべきかどうかを真剣に悩んでいたケースです。

通常、ヨーロッパの先進国であれば、トイレットペーパーは家庭に十分普及しており、人口の成長が見込めない限り、市場が大きく成長することはないと考えられています。また、トイレットペーパーは価格設定が大きな勝敗要因となることから、スケールメリットを活かせるグローバル大企業(P&G等)、ないしは、流通コストを大幅にカットできるスーパーのプライベートブランド(カルフール等)が、トイレットペーパー市場で重要な地位を勝ち得ています。特にプライベートブランドは、ここ数年急速に成長しているという点で、Renova社のようなヨーロッパ拠点を中心とするナショナルブランドにとっては、大きな脅威となっています。

こうした流れに対抗すべく、ナショナルブランド各社が「トイレットペーパーにも付加価値を」と立ち上がりました。

まず最初の流れとしては、フランスのGeorgia Pacific社。3枚重ねバージョン、4枚重ねバージョンのトイレットペーパーを開発し、「破れない」「吸収力のある」をメリットに大成功しました。また、イタリアでは、Sofidel社が「4個のトイレットペーパーで10個分」をキャッチフレーズに、その名の通り、長持ちするトイレットペーパーを市場に投入し、ヒット製品として育て上げています。そしてドイツ、スイスでは、「ウェットトイレットペーパー」。これは、実に多くの消費者があらかじめ「濡らしてから」トイレットペーパーを使うという調査結果に基づいたものだそうです。

そこで、ドイツ、スイスの例からRenova社が思いついたのが、ローションと香油が配合されたトイレットペーパー「Renova Fraicheur」。フランス市場で投入され、Renova社のブランド認知を促進する足がかりとなりました。

Renova社は、「使い捨ての紙を作る会社」から「健康、安心を提供する会社」への脱皮を目指しています。そのために、広告、宣伝の仕方を変えました。有名な写真家を使い、トイレットペーパーの機能を訴えるのではなくて、Renova社の商品により満たされる生活シーンにスポットをあててブランドイメージの向上に努めました。

とはいえ、2005年時点でのRenova社の目玉商品は、未だ、「Renova Progress」と呼ばれる、付加価値のついていない日用品タイプのトイレットペーパーです。プライベートブランドの勢いはどんどん増していて、このままだと「Renova Progress」のシェアも落ち込んでしまうと見られていました。

創業一家のCEO、Paulo Pereira da Silva氏は、そこで黒いトイレットペーパーという奇抜なアイデアを考え出しました。そして、彼自身が最終的にこの商品の投入を決断しました。

「健康、安心を提供する会社」との関係は?と思わず首をひねりたくなりますが、これはあくまでもPR上の戦略。世界初の黒いトイレットペーパーでメディアの話題をかっさらい、流通の関心を引くことで、得意先を増やしていきました。売る場所が増えることで、同社の既存のトイレットペーパーの売上もあがる。このような方程式で「マーケットをドライブ」し、成功していったのです。

マーケティングにおけるコミュニケーション戦略で企業ブランドイメージの認知促進をしたい場合、確かに「意外さ」を訴えることで注目を集めるパターンが多いような気がします。Renova社の場合は、「意外さ」について、黒いトイレットペーパーという自社の商品を使うことで訴えていったという訳です。

相当の経営判断だったと思いますが、これもファミリー企業だからこそとれた一手でしょうか。